不動産の財産分与⑰ ~自宅マンションの財産分与において扶養的財産分与として使用貸借権を設定した事例(名古屋高決平成18・5・31)~
- 不動産
婚姻期間中に夫婦が取得した不動産は、その名義が夫または妻のいずれであるかにかかわらず、夫婦共有財産であり、財産分与との対象となります。
本コラムでは、自宅マンションの財産分与において扶養的財産分与として使用貸借権を設定した事例(名古屋高決平成18・5・31)を紹介いたします。
事件の概要
本件は、X(元妻)がY(元夫)に対し、離婚後の財産分与として、金1900万円(清算的財産分与1000万円、慰謝料的財産分与1000万円、既払額100万円)の支払、自宅マンションにつき使用借権(使用期間・長男の成人時まで約15年間)の設定を求めた事案である。
Xは、Yと婚姻し、3名の子ども(昭和61年生、昭和63年生、平成6年生)をもうけ、自宅マンションを共有取得した(X持分6分の1、Y持分6分の5、敷地権付き、購入価額約3000万円、X負担額300万円、Y負担ローン約2705万円)。Yは、大学教員として働くほか、平成5年から平成11年までの間に著作物6冊を出版し、印税収入月額約2万円を得ていた。
Yは、平成11年4月突然に離婚表明し、自宅マンションを出て単身生活した。Xは、Yの離婚要求は強固で、Xが子どもを育てる間は家賃なしで自宅マンションに居住し、生活の基本である住居が確保されるなど、離婚を受け入れ易い経済的条件を提示された経緯がある。Xは、平成11年6月4日協議離婚に応じ、長女、二女及び長男の親権者となって、自宅マンションで生活を続けている。Yに対し養育費月額合計18万9000円の支払を命じた審判(年月日その他不詳)があり、養育費の支払は履行されている。Yは、平成13年12月再姻し、後妻Zとともに他県に転居し、平成15年3月には従前の大学を退職し、他の大学に再就職した(Yの退職金や年収額は不詳)。
原審(名古屋家裁年月日その他不詳)は、清算的財産分与として、自宅マンションがオーバーローン状態で実質的な財産価値がないこと、Yのローン支払継続、XYの共有持分割合等を考慮し、共有物分割の手続を残さないため、所有権全部をYに帰属させることとし、扶養的財産分与として、自宅マンションに対するXY間の使用貸借権を設定し、使用期間を平成16年3月末日(第1子の高校卒業時、第2子の中学卒業時、第3子の小学3年終了時)までと定め、Yに対し将来の転居費用等100万円をXに支払うことを命じ、慰謝料的財産分与は考慮できないと判断した。
本決定は、Xの即時抗告を受けて原審判を一部変更し、①自宅マンション、②婚姻中のYの出版物の著作権・印税収入約120万円、③Y名義の預金約70万円、④未成年子名義の預金約71万円及び⑤Y名義の株式(時価約51万円)を清算的財産分与の清算の対象とし、概略判旨1から4までのとおり判示し、(1)上記①のX共有持分をYに分与すること、(2)②ないし⑤の2分の1相当額のほか、Xの将来の転居費用負担50万円、既払金100万円を考慮し、YからXに約106万円を分与すること、(3)扶養的財産分与として、使用貸借期間を離婚時から平成19年3月末日(第1子成人、第2子高校卒業、第3子小学校卒業のとき)まで7年余として原審より3年伸長し、XとYとの間に自宅マンションに対する使用貸借権(借主負担・共益費、駐車場使用料及び水道光熱費)を設定すること、(4)自宅マンションのX持分の持分全部移転登記手続(原因は財産分与)を使用貸借権の終期(平成19年3月末日)経過後に行うことを命じた。
裁判所の判断
財産分与について
本件マンションは婚姻中に購入されたものであるから夫婦共有財産といえるが、本件マンションには、本件住宅ローンを被担保債務とする抵当権が設定されており、…清算時点における本件住宅ローンの残債務額は本件マンションの平成12年度の固定資産評価額を上回っており、結局、上記マンションの財産価値はないことになる。そして、…本件マンションは、抗告人と相手方との共有であるところ、これをそのままにした場合には、将来、共有物分割の手続を残すことになることから、抗告人と相手方のいずれかに帰属させるのが相当であるところ、上記マンションについての本件住宅ローンがいずれも相手方名義であり、相手方が支払続けていること、その財産価値が上記のとおりであること、その他、抗告人の持分割分(6分の1)等を考慮すると、抗告人の上記共有持分全部を相手方に分与し、相手方に本件マンションの所有権全部を帰属させるのが相当である(もっとも、扶養的財産分与として、相手方に使用借権の設定をするのが相当であり、この点は後述する。)。
ところで、夫婦が離婚に至った場合、離婚後においては各自の経済力に応じて生活するのが原則であり、離婚した配偶者は、他方に対し、離婚後も婚姻中と同程度の生活を保証する義務を負うものではない。
しかし、婚姻における生活共同関係が解消されるにあたって、将来の生活に不安があり、困窮するおそれのある配偶者に対し、その社会経済的な自立等に配慮して、資力を有する他方配偶者は、生計の維持のための一定の援助ないし扶養をすべきであり、その具体的な内容及び程度は、当事者の資力、健康状態、就職の可能性等の事情を考慮して定めることになる。
本件各記録によれば、…抗告人と相手方との収入格差は依然大きいものの、抗告人は、社会経済的に一応の自立を果たしており、また、その収支の状況をみても、外形上は、一定の生活水準が保たれているかのようである。
しかしながら、抗告人の上記収支の均衡は、住居費の負担がないことによって保たれているということができ…、抗告人及び未成年者らが居住できる住居…を別途賃借するとすれば、たちまち収支の均衡が崩れて経済的に苦境に立たされるものと推認される。
そうすると、本件においては、離婚後の扶養としての財産分与として、本件マンションを未成年者らと共に抗告人に住居としてある程度の期間使用させるのが相当である。
加えて、…抗告人が相手方からの離婚要求をやむなく受け入れたのは、その要求が極めて強く、また本件文書において一定の経済的給付を示されたからこそであると推認され、上記給付には、抗告人が未成年者らを養育する間は家賃なしで本件マンションに住めることが含まれており、この事情は扶養的財産分与を検討する上で看過できないこと…、…抗告人は、本件マンションの購入費用を含めて合計1000万円に近い持参金を婚姻費用として提供しており、これらは、夫婦共有財産としては残存しておらず、具体的な清算の対象とはならないものの、上記金額に照らすと、分与の有無、額及び方法を定める「一切の事情」(民法768条3項)のひとつとしてこれを考慮するのが相当であること、未成年者らの年齢…、その他、以上で認定した諸般の事情を総合すると、扶養的財産分与として二女が高校を、長男が小学校を卒業する時期(離婚から約8年を経過した時期)である平成19年3月31日まで本件マンションについて相手方を貸主、抗告人を借主として、期間を離婚成立日である平成11年6月4日から平成19年3月31日までとする使用貸借契約を設定するのが相当というべきである(もっとも、上記契約は使用貸借契約であり、また、それは扶養的財産分与であるから、使用が確実に確保される必要があることなどの事情を踏まえ、共有持分全部移転登記手続は、上記使用貸借期間終了時においてこれを行うとするのが相当である。)。そして、養育費申立ての審判における相手方の基礎収入の算定において、共益費の負担が考慮されているが、共益費、光熱費及び駐車場使用料を抗告人の負担とすることは、抗告人もその申立の趣旨に掲げており、上記各費用の性質に照らしても、現実に本件マンションを使用する抗告人の負担とするのが相当である。
コメント
離婚に際して、妻に経済力がない場合など、離婚後の住居の確保が問題となることがあります。
調停や、和解における解決方法としては、明け渡し猶予の合意、使用貸借契約、賃貸借契約等が考えられますが、いずれも合意できた場合の話となります。
本事例では、離婚に伴う財産分与に際し、オーバーローンの住宅ローン担保付き不動産について、夫の単独所有にしつつ、妻のための使用貸借権を設定し、いわゆる清算的財産分与と扶養的財産分与を組み合わせることで、将来の共有物分割の問題発生を回避するとともに、離婚に伴う住宅問題の解消を図っています。